社長コラム
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関西サイディングニュース5月号コラムをアップデートしました。

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今日つれづれ
神戸 睦史<ハウゼコ>

 太平洋戦争開戦時に、アメリカで強制収容所に入られた家族の方と、お話しする機会があった。その方は戦前、西海岸で野菜等の販売で成功した日系移民で、裕福な暮らしをしていたそうだ。ところが太平洋戦争開戦直後、十二万人の日系人(1/16以上の血統)を四十八時間以内に全米の約十箇所の強制収容所に隔離するよう、法律が制定された。
 トランク1つの携行しか許されず、財産を没収され、砂漠等の劣悪な環境の収容所に押し込められた。プライバシーが無く、トイレの仕切りも無く、衛生状況が悪く、集団食中毒や集団下痢が多発した。その上、アメリカ合衆国に忠誠を誓い、『例え日本軍相手でも戦うか?』『天皇・大日本帝国への忠誠を否定するか?』の2つの踏み絵を踏まされていた。いずれか1つでも拒否した日系人には、さらに苛酷な悪名高きツールレイク強制収容所に収容された。そこでは、リクリエーション・学校・職場・集会等が禁止され、戦車が収容所を取り囲み、約二万人が密集状態で押し込められていた。
 両方共Yesと答えた日系人が多かったが、それは生きていくためのやむをえない選択であった。天皇と日本を裏切ることはできないという想いから、Noと答えた日系人も多く、時には、家族や親戚の中でも意見が割れ、離れ離れになってしまった者もおり、日系社会に深刻な亀裂を引き起こした。かたや、ホロコーストをおこしたドイツ系等には、強制収用が短期間、かつ資産の没収等がなかった。その背景には有色人種への差別意識が根底にあるとされている。教科書で教えてほしい歴史の1つだと思った。